愛よりもお金が大事。
「すみません。癖でついつい鍵閉めてたみたいで。
夏村に、ちょっと仕事の事で相談に乗って貰ってました」


私の背後から、冬野がそう答えた。
冬野もさっとスーツのジャケットは元通り着ている。


「別にいいよ。
お昼に文乃とお弁当食べるのに来ただけだから。
仕事じゃなくて私用で使おうと思っただけ。
えっと、営業の冬野君だよね?」


私は覚えられてなかった名前を、冬野はそうやって副社長に覚えて貰っているのか。
私ももっと仕事頑張らないと。


「ご夫婦、仲良しなんですね?」


私が目の前の二人に笑い掛けると、べつに、と副社長は分かりやすく照れ臭そうで。
奥さんの文乃さんは、恥ずかしそうに曖昧に笑う。


「では、私と冬野は失礼します。
ちょうど、話も終わったので」


「あれ?夏村さん、スーツのボタンかけ違えてない?」


副社長は、キョトンとした可愛い顔で、私の胸元辺りを指差している。


え、掛け違い?!


私は慌てて、自分のスーツのジャケットに目を下ろした。
直そうとボタンに手を掛けるけど、別に掛け違えていない。


「ごめん、夏村さん。気のせいだった。
どうしたの、そんなに慌てて?
冬野君は、営業なのにネクタイ締めてないの?
会社内でも、ちゃんとしないと」


そうニコニコと天使のような笑顔で、副社長は言って来るけど。
隣の奥さんの文乃さんが副社長に、"こういう時は気付いてない振りしないと"、と声を潜めて言うが、静かなこの部屋ではハッキリと聞こえてしまった。


この二人には、私と冬野がこの会議室で何をしていたか、バレているみたい。


「失礼します」


私はもう嘘や言い訳せず、この会議室から出た。
少し遅れて、冬野も会議室から出て来た事が、廊下に響く足音で分かった。



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