孤高の御曹司は授かり妻を絶え間なく求め愛でる【財閥御曹司シリーズ黒凪家編】
「や……っん、待って!」

 半ばソファに押し倒されている状態で、胸を押して抵抗した。眉を下げ、潤んだ瞳で彼を見つめる。

「どうして? 奏飛さん、怖いです」

 つい口から出た正直なひと言に、彼ははっとして目を見開く。

「家族なのに疑うんですか? 歩くんを……私を」

 動きを止めていた彼は、私から目を逸らして小さく首を横に振った。そして前髪にくしゃっと手を差し込み、「違う」と声を漏らす。

「深春は、裏切るような子じゃないとわかってる。そうじゃなくて」

 頭を抱える手に隠されて、半分だけ彼の顔が覗く。葛藤しているように歪む顔が。

「君が他の男と一緒にいると考えただけで、たまらなく嫌なんだ」

 苦しげなその様子と、吐き出された本音にはっとした。

 今の言葉の意味って、もしかして──。

 目を丸くしたまま固まっていると、奏飛さんは冷静さを取り戻したのか、私の背中に優しく手を当てて起こしてくれる。しかし俯き気味で、目を合わせようとはしない。

「……悪い。頭を冷やしてくる」

 彼は怒気が消えた声でそう告げ、顔を背けたまま部屋を出ていってしまった。肩から落ちたレースのガウンを手繰り寄せる私の耳に、玄関のドアが閉まる音が届く。

「まさか……嫉妬?」

 誰にも興味がないと噂の奏飛さんにあるまじき事態に、私はしばし呆然としていた。


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