転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
人混みはあまり得意でないけど、それなりに覚悟はしていたつもりだった。けどこれは、想像を遥かに超えている。
それなのに逸生さんが「ここからどんどん人が多くなるけど大丈夫そ?」なんて言葉をかけてくるから、危うく白目を剥きかけた。
「これより増えるんですか?」
「増えるよ。会場までまだ少し距離があるし、ここからが本番だろうな」
「これ、ナンパとか言ってる場合じゃないですね。スーパーのタイムセールの数倍の迫力じゃないですか。私潰されるかもしれないです」
まだ花火大会が始まってもいなければ会場にも着いていないのに、既にげんなりとしている私を見て逸生さんは声を上げて笑う。
「潰されるのも困るけど、はぐれられたらもっと困るんだけど」
「た、確かにそうですね。ではそうならないように…」
腕にしがみついてもいいですか?そう声にする前に、ふいに私の手に何かが触れた。
「…そうならないように、今日はこうしよう」
それが逸生さんの手だと気付くのに、そんなに時間はかからなかった。私の手を器用に掬いとった逸生さんは、指を絡め「いい?」と首を傾げる。
「…はい、お願いします」
こういうのにも慣れているのか、スマートな彼の行動にドキリと心臓が跳ねた。
恋人らしく。それを目標にしていたはずなのに、不意打ちで仕掛けられたせいか、思わず動揺してしまった。