転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「…逸生さん、白鳥さんと一緒に回らなくてよかったんですか?」
「え?」
履きなれない下駄で必死に走った私を一番に気遣ってくれた彼に、口をついて出たのはそんな言葉だった。
逸生さんが怪訝な目を向けてきたけれど、未だ握られたままの手に力を込めた私は、続けて口を開く。
「私に気を遣っているなら心配しなくて大丈夫ですよ。元々は私が無理やり誘ったようなものですし。ほら、今ならまだ間に合うので、すぐに戻って…」
「紗良」
つらつらと言葉を並べていれば、それをいつもより低い声で遮った彼は、射抜くような目で私を捉える。
「何でそんな事言うんだよ。俺は紗良とだから来たんだけど」
「…でも、」
「てか無理やりってなに。紗良に誘ってもらえたの、普通に嬉しかったんだけど。俺が今日をどれだけ楽しみにしてたか知らないだろ」
「…楽しみにしてくれてたんですか?」
「うん、めちゃくちゃしてた。なのに、何でそんなこと言うかな」
怒っているというより、傷付いたような表情で紡ぐ逸生さんに、胸が痛んだ。
その浴衣だって私が無理やり着せたし、恋人らしくするために私がひとりで勝手に盛り上がっていたはずなのに。まさか逸生さんがこの日を楽しみにしてくれていたなんて…。
「…ごめんなさい。私ばっかりはしゃいでいるのかと思ってました」
「待って、むしろ紗良がはしゃいでることにビックリしてんだけど。顔に出ないから全然気が付かなかった」
なんだ、俺と一緒だったのか。そう言いながら安心したように目を細めた彼を見て、なぜか胸がきゅっと締め付けられた。