転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします


「はしゃいでますよ。じゃないと浴衣なんて絶対に着ません」

「…俺のために着てくれたんだ?」

「はい、こっちの方がデートっぽいので、逸生さんも喜んでくれるかなって」

「〜〜〜〜〜っっ」


急に額に手を当て、声にならない声で唸りながら俯く逸生さん。もしかして人酔いしたのかと慌てて「大丈夫ですか?」と声を掛ければ、逸生さんは「大丈夫ではない」と溜息混じりに零した。


「どこかで休憩しますか?飲み物買ってきましょうか」

「あ、いや大丈夫。俺は仙人だから耐えられる」


よく分からないことを呟く逸生さんの顔を覗きこむようにして首を傾げれば、逸生さんは眉を下げて笑いながら私の髪飾りに触れた。


「…紗良、浴衣めちゃくちゃ似合ってる」

「……」

「今日の紗良、いつも以上に綺麗だな。てか、紗良以上に綺麗な人を見たことないけど」


そして突然くすぐったくなるような甘い台詞を吐く彼に、思わず息を呑んだ。

マンションで逸生さんが私の浴衣姿を見た時、物凄く反応が薄かったからてっきり浴衣にはあまり興味がないのだと思ってた。

一応“似合ってる”とは言ってくれたけど、私が先に言ったから仕方なく返してくれたのかなって。それにさっき白鳥さんにも同じような台詞を言っていたから、社交辞令なのかと。

綺麗なんて、言われ慣れてるはずなのに。まるで本物の恋人のように穏やかな声音で囁く彼に、どう反応すればいいのか分からず「ありがとう…ございます」と返すのがやっとだった。

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