転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「逸生さん、やっぱり人混み苦手でした?」
「別に苦手じゃないよ。でもこの辺は俺のこと知ってる人間が多いから、さっきみたいに声を掛けられるのが面倒だし、変なやつも近付いてきたりするから疲れるというか」
「…なるほど。それは何となく分かる気がします」
私がなるべく人が多い場所を避けてきたのは、いちいちナンパなどで声を掛けられるのが面倒だったから。そういう点では、逸生さんの気持ちは理解できた。
でも逸生さんの苦労は、きっと私なんかより何倍も大きい。それなのに、人の多い場所に誘ってしまったことを反省した。
「…最初から逸生さんに相談して、ここに来ればよかったですね。すみません」
「なんで?紗良とああいう賑やかなとこに行くのも新鮮で楽しかったよ。でも、ふたりの時間を邪魔されたくないから、紗良といる時はこういう静かな場所の方がいいかも」
私とはただの恋人ごっこの関係なのに。どうして逸生さんは、私との時間をこんなにも大事にしてくれるのだろう。
逸生さんの傍にいたいと思う人は、きっと他にもいっぱいいる。今の私は、周りから見るとかなり贅沢な人間だと思う。
「白鳥さんは、逸生さんと一緒に回りたかったんだろうな…」
「そうか?俺にはそうは見えなかったけど」
「…逸生さん、実は鈍感ですね?」
「いや、あれはどう見ても演技だろ。婚約者候補って言われてる奴らって、結局気持ちがなくてもああやって平気でアピールしてくる。見てるこっちが疲れるわ」
最後、抑揚のない声を放った彼の瞳が、寂しげに揺れた気がした。