転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「政略結婚、本当はしたくないですか?」
「……」
愚問だ。言ってすぐに後悔した。逸生さんがこの会社で働くために社長と交わした契約が政略結婚だと、小山さんから聞いていたのに。
きっとそこに、逸生さんの気持ちなんてない。「嫌だ」なんて口にしたところでどうにもならない。
案の定言葉を詰まらせた逸生さんは、ふっと力なく笑う。そして「ひみつ」と一言、誤魔化すように呟いた。
「あ、そうだ逸生さん、煙草吸わなくて大丈夫なんですか?」
とりあえず話題を変えたくなった私は、思いついたように言葉を放つ。
「そろそろ一服欲しいでしょう?」
「んー、浴衣姿の紗良の前でさすがに吸えないかな」
「何でですか。遠慮せずに、ほら、吸って吸って」
無理やり吸わせようとする私に、逸生さんが「別にいいのに」と渋々煙草を取り出す。
「じゃあ、あっちのフェンスに移動しよ。この距離で吸いたくない」
逸生さんはそう言うと、私の手を握り締め、ベンチから腰を上げる。花火がよく見えそうな位置に移動すると、お互い何も言わず手を離し、少し距離を空けて並んで立った。
花火が上がるまで、あと1分。私達の間に静かな時間が流れる。
「…逸生さん」
「ん?」
煙草を吸う彼の横顔を見つめながら、静かに口を開く。前を見ていた逸生さんの視線が、ゆっくりと此方に移った。
「キスしないんですか?」
「ゲホッゴホッ……えっ?」
あまりにも唐突過ぎただろうか。軽くむせたあと目を大きく開いた彼は「なんて言った?」と焦りを孕んだ声を放った。