転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「まだ起きてたんだ」
「……今日は戻らないのかと思ってました…」
「え?ああ、うん。何とか帰れた。遅くなってごめんな」
逸生さんがネクタイを緩めたのを見て、慌ててそばに駆け寄った。何も言わず差し出した手に、逸生さんは「ありがと」とネクタイを乗せる。
「すぐ風呂に入るわ。紗良は先に寝る?」
渡されたネクタイに視線を落としたまま、ふるふると首を横に振る。と、私が何も言葉を発さないからか、逸生さんは腰を折り「紗良?」と私の顔を覗き込んだ。
──お風呂、まだなんだ。
てことは、松陰寺さんとは何もなかったのかな。
そういえば、逸生さんに近付いても松陰寺さんの香水の匂いはしない。いつもの逸生さんの香りだ。
…何でだろ。ちょっとほっとしてる自分がいる。
「逸生さん」
「ん?」
ゆっくりと視線が重なる。その目を真っ直ぐ見据えながら、静かに口を開いた。
「…待っていてもいいですか」
「え?」
「逸生さんと一緒に寝たいです」
口をついて出た言葉に、ハッとした。
慌てて手で口を覆ったけど、時すでに遅し。きょとんとしている逸生さんが視界に入る。
「え、…と、あの、何となく、眠れなくて」
「…あ、なるほど。うん、分かった。すぐ入ってくるから、ちょっと待ってて」
ふわりと笑った逸生さんが、踵を返しバスルームに向かう。その背中を見つめながら、自分の先程の発言に酷く動揺していた。
──なんであんなこと。私、どうしちゃったんだろ。
思わず出てしまった縋るような言葉に焦りを覚えつつ、先に寝室へと向かった。