転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
逸生さんはシャワーで済ませたのか、程なくして寝室に入ってきた。
先にベッドに入っていた私は、逸生さんの姿を見てむくりと上体を起こす。
「ごめん、起こした?」
「いえ、起きてました」
まだ半乾きの髪をタオルでガシガシ拭きながらベッドの縁に腰掛けた逸生さんは「本当に待っててくれたんだ」と目を細める。
その横顔を見つめながら、気付けば口を開いていた。
「逸生さん、松陰寺さんと結婚するんですか」
唐突な質問に、彼は目を丸くかながら「え?」と声を零した。
私から婚約者の話を持ち出すのは、これが初めてだ。だからなのか、逸生さんは驚きを隠せない様子で「急にどうした?」と首を傾げる。
「さっき、松陰寺さんと一緒だったんですよね」
「……」
明らかに逸生さんの表情が曇った。
少し間をあけた後「うん、そうだよ」と小さく頷いた彼を見て、ズキリと胸が痛んだ。
「あと兄貴もいたけど」
「…へ?」
けれど、彼が続けて放った言葉に思わず間抜けな声が漏れる。
「副社長…ですか?」
「うん。とりあえず親父に指定されたホテルのレストランに行ったら、松陰寺さんと、何故か兄貴もいて」
「……」
「そこのレストラン、最近評判よくてさ。兄貴は偵察も兼ねて、一緒にって」
「…そう、だったんですね」
「ウケるよな。俺にとっては地獄みたいな会食だったわ。兄貴、経営のことしか頭にないコミュ力皆無な人間だから、松陰寺さんがひとりでひたすら喋ってた」
なんの時間だったんだろうな。そう呟いたあと小さく溜息を吐いた逸生さんは、そのままごろんとベッドに寝転がった。