転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「ほら、奥さんも説得してちょうだい。この子がお饅頭受け取ってくれないのよ」
急に話を振られ、慌てて姿勢を正したのはいいけれど、お饅頭の入った袋を手に持ったまま眉を下げるおばあさんが私のことを奥さんなんて呼ぶから、思わず反応に困ってしまった。
「ばーちゃん気がはえーよ。まだ結婚してないから」
「ありゃ、そうだったかしら。お似合いだからてっきり奥さんかと」
私達が結ばれることなんて、この先絶対に有り得ない。それなのに“まだ”なんて…逸生さんに気持ちを寄せる私にとっては、複雑な言葉だ。
来年、逸生さんは婚約者候補から選ばれた本当の奥さんと、この店に来るのだろうか。なんか、やだな。
…って、こんなところでなに考えてんの私。しっかりしなきゃ。
「あの、ひとつ御提案が…」
控えめに声を掛ければ、ふたりの視線が同時に此方に移った。
「会長にお渡しする分はありがたく頂戴して、オフィスに持ち帰る分は購入するというのでどうでしょう」
私の言葉に、逸生さんは「その手があったか」と呟き、おばあさんは「あらまぁしっかりしたお嬢さんだこと」と頬を緩める。どうやらふたりとも、あっさりと納得してくれたみたいだ。
「いっくん、そうしましょ。でもちょっとオマケしちゃうわね」
「おい話ややこしくすんなよ。きっちり払うから領収書お願い」
「頑固な子ね。はいはい分かりましたよ」
仕方なく頷いたおばあさんは、棚から手書き用の領収書を持ってくる。小さな手でボールペンを掴んだ彼女は「それにしてもいっくんの奥さん賢いわねえ」と微笑みながら、やっぱり私を“奥さん”と呼んだ。
「ばーちゃんいつもありがとうな。じいちゃん喜ぶよ」
「いいのよ、彼にはお世話になったから。でももう年寄りなんだから体に気をつけなさいよって伝えておいてね」
「りょーかい」
領収書と一緒に、たくさんのお饅頭を受け取った私達は、最後にもう一度おばあさんにお礼を伝えてから、店を後にした。