転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします

ふいに後ろから聞こえてきた声に、心臓が飛び出るほど驚いた私はびくりと大きく肩を揺らした。

聞こえてきたのは明らかにお年を召した男性の声で“まさか会長では?!”と焦りを覚えつつ弾かれたように振り返る。けれど、視界に入ったのは全身ジャージ姿の普通のおじいさんだった。

そのおじいさんはサンバイザーを被り、手にはゲートボールスティックを持っている。もしかしてこの方も稲葉さんのようなご近所さんで、逸生さんが昔お世話になっていた人なのだろうか。


とりあえず「こんにちは」と挨拶をしようとすれば、コンマ数秒、逸生さんの方が口を開くのが早かった。


「あ、じいちゃん。こんなとこで何してんだよ。いま会いに行こうとしてたのに、もしかしてどっか出かけんの?」


…じ、じいちゃん?
彼の放ったワードに、思わず耳を疑った。

状況を把握出来ず固まる私を余所に、“じいちゃん”と呼ばれたその人は、二カッと屈託のない笑顔を浮かべる。


「見てわかるだろ。すぐそこの河川敷でゲートボールするんだよ」

「相変わらず元気だな。ちゃんとハウスキーパーに行き先を告げてから出たんだろうな」

「あ、当たり前だろ。わしを何だと思ってんだ。最近はたまにしか脱走しないぞ」

「たまにしかって何だよ。やっぱしてんじゃねーか」

「うるさい奴だな!久しぶりに会いに来たと思ったら説教か?!悪いがわしは急いどる!」

「あ、こらちょっと待て」


どうしよう、頭がついていかない。ふたりが何か会話しているけど、ひとつも頭に入ってこない。


だってあの九条グループの会長が、まさかサンバイザーを被って登場するなんて思わないじゃん。

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