転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「岬さん」
「は、はい」
1度しか名乗っていないにも関わらず、私の名前をハッキリと紡いだ会長。反射的に姿勢を正せば、会長はサンバイザーを取って私の方へ体を向ける。
その表情や声のトーンから、真面目な話が始まるんだろうなっていうのを察した。
「逸生は生意気なところもあるけど優しい心の持ち主でね、今では気さくに誰とでも話が出来るし、社員にもクライアントにも好かれている自慢の孫で」
「……」
「実はかなりの苦労人なのに、それを感じさせない逞しさもあって…とにかく本当に良い子なんだ」
「…はい」
ぽつぽつと紡がれる言葉は、恐らく会長の本心だ。会長はこうして逸生さんの長所を見抜いて、ずっと彼のそばにいた。
でも逸生さんの両親は、そこに気付けず彼を突き放した。それはきっと、想像を絶するほど苦しかったと思う。
会長がいてくれて本当によかった。でも会長、言われなくても私は知ってますよ。だって、私は彼のそういうところに惹かれたから。
「会社は逸生の人脈に何度も救われているし、そのお陰で着実に大きくなってる。恐らく、逸生はこれから先もっと忙しくなるだろう。そうすれば色々な壁にもぶち当たると思う」
「……」
「その時は岬さんが傍で支えてくれたら、じいちゃん嬉しいな」
言い終えた彼は、私に屈託のない笑みを向けた。その表情は、“会長”というよりは“祖父”の顔。そんな彼の言葉に、思わず頷きそうになった。
けれどよく考えれば、いまの会長の台詞は、まるで逸生さんの婚約者に向けるような言葉。そのため、どう反応すればいいのか分からず言葉に詰まってしまった。
だって、私は来年の春にはこの会社を辞める。隣で支えるどころか、彼に会うことすら出来なくなる。
けれど、今はさすがにそれを言えるような雰囲気ではなかった。
「…じいちゃん、時間大丈夫か?」
「ううん、全然。てことで行くわ」
逸生さんの声にハッとした会長は、再びサンバイザーを被り、高級そうな腕時計の文字盤を確認する。
結局私は会長の言葉に対し返事が出来なかったけれど、逸生さんが話を遮ってくれて、正直ほっとした。