転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「…わ、私の新しい一面とは…」
「例えば、笑う…とか?」
「……」
ゆるりと口角を上げながら提案してくる彼は、私の髪から手を離すと、覗き込むように顔を近付けてくる。
「笑顔、そろそろ見せてくれてもいいと思うんだけど」
「……見たら惚れますよ?」
視線を逸らしながらぽつりと呟けば、逸生さんは「見てみないと分かんねえじゃん」と返してくる。
その余裕そうな表情を見ると、絶対に惚れられないのが分かるけど。やっぱり笑えない。無意識に感情を押し殺してしまう。
「…でも、もし惚れたら…私に本気になっちゃったら、逸生さん困るじゃないですか」
「……」
「春になれば婚約者が決まります。よそ見している場合じゃないです。だから…笑顔は見せられません」
「……確かにそうだな」
つらつらと言い訳を並べれば、なぜか寂しげに瞳を揺らした彼を見て、胸が苦しくなった。
最低だな、私。好きな人に対して可愛げがなさ過ぎる。それ以前に、お世話になってる人に愛想もできないなんて。
でも私だって本当は笑いたいよ。逸生さんがそんなことくらいで惚れないことも分かってるし。
だけどもし、逸生さんの気持ちが少しでも私に向いたりなんかしたら、きっと私は抜け出せなくなる。それが怖くて仕方がなかった。
「紗良、そろそろ寝ようか」
「……はい」
「…キス、していい?」
返事をする前に、彼の手が私の頬に触れた。ゆっくりと近付いてきた彼に合わせ、そっと目を閉じる。
直後、じわりと唇に熱が触れた。
どうしたんだろう。心做しか、いつもより丁寧だ。
まるで“好きだ”って言われているみたいな、優しいキス。
幸せなのに、切ない。そんなキスに、無性に泣きたくなった。
程なくして唇を離した彼は、耳元で「おやすみ」と囁く。そのまま布団に身体を預けると、すぐに目を瞑ってしまった。
逸生さんの言った通り、結局ルームウェアは関係なかった。彼は私の身体に触れなかったから。
唇に残る余韻を、そっと撫でる。
片思いがこんなにも苦しいなんて、知らなかった。