転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「煩いメンズが帰ってきちゃったから、この話はまたにしましょう」
古布鳥さんはそう言って立ち上がると「小山君ったら、たまには空気読んでよね」と唇を尖らせ、百合子さんはがっかりした顔で自席に戻る。
小山さんはそんなふたりを見て「女ってこえー」と呟きながら給湯室へ向かうと、残された逸生さんは私のそばに来て腰を折り「どうした?何かあった?」と耳元でひっそりと尋ねてきた。
よかった。どうやらさっきの会話は聞かれていなかったらしい。
「…いえ、特になにも」
「そう?ならいいけど」
本当は逸生さんのことを話していただけに、少しだけ罪悪感が募る。でもさすがに“逸生さんに抱かれる方法”を相談していたなんて言えなかった。
安心したように目を細めた逸生さんは、私から身体を離し、自席へ向かおうとする。
ムスクの香りがあっという間に離れていったことに少し寂しさを覚えたけれど、何とか誤魔化せたことに安堵した……矢先だった。
「──岬さん、本当にそのままでいいの?」
突如静かな空間に声を響かせたのは、さっきまで全く口を開かなかった、あの男。
「好きな人がいるのに、他の男とお見合いしていいの?」
私の目を真っ直ぐに見据えるその男、イノッチさんは「それで岬さんは幸せになれるの?」と、ハッキリと私に問いかけてくる。
その瞬間、サーッ血の気が引いていくのが分かった。