転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
この人の存在を完全に忘れていた。さっきまで死にそうな顔をして突っ伏していたくせに、ちゃっかり私達の会話を聞いていたらしい。
そんな彼の言葉に「は?」とすかさず反応したのは、私でも古布鳥さんでも百合子さんでもなく、逸生さんだった。
「俺は百合子と付き合えて死ぬほど幸せだよ。それは俺が百合子をずっと愛していたからだよ」
「……」
「報われない恋なんてしても幸せにはなれない。だからと言って、他の人に逃げるのは違うだろ?岬さんも好きな人と結ばれて、俺達みたいに幸せにな…フゴッ」
イノッチさんの言葉を遮ったのは百合子さんだった。物凄い勢いで彼の口を塞いだ百合子さんは「岬ちゃんには岬ちゃんの事情があんのよ」と強く放つ。
そして「ちょっとお説教してくるね」と私達に微笑んだかと思うと、イノッチさんを引きずるようにしてオフィスから出て行ってしまった。
イノッチさんはいなくなったけど、彼の言葉が頭にこびり付いて離れない。だって、彼の言っていることは間違いではないから。
でも、好きでもない相手と結婚する人はこの世にいっぱいいるでしょ?例えば、逸生さんみたいに政略結婚する人とか…。
「あ、そうだわ専務。先程はお饅頭ご馳走様でした。とても美味しくいただいたわ」
古布鳥さんの声に、ハッと我に返った。
変な空気になったのを察してくれたのか、古布鳥さんが普段より明るい声で逸生さんに話しかける。
その言葉に「いえ、喜んで貰えてよかったです」と返す逸生さんは、いつもと変わらないように見えてほっとした。
私に好きな人がいることも、お見合いすることも、さっきのイノッチさんの発言で全てバレてしまったけれど。よく考えれば、逸生さんにとってはどうでもいい情報だもんね。所詮、偽物の恋人だし。
と、そんなことを考えていれば
「紗良、ちょっと会議室来て」
「…え?」
「打ち合わせしよう」
急遽入った謎の打ち合わせに、なんとなく嫌な予感がした。