転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
掴まれている腕が熱い。逃げるどころか、思わず足を止めてしまう。
今までは逸生さんの熱に触れる度心臓が跳ねて、ドキドキしながら「好き」って心の中で何度も叫んでいたのに。
今は、初めてその手に触れられるのが怖いと感じた。逸生さんの気持ちが他の人に向いているという現実を、やっぱりすぐには受け止め切れなかった。
「…専務、痛いです」
とりあえず離してください。俯きながらそう訴えると「ごめん」と零した逸生さんの手が、力なく離れていった。
自分から離せと言ったくせに。
逸生さんの熱を失った途端、息の仕方を忘れるくらい胸がぎゅっと苦しくなった。
「……」
空気が重い。沈黙が続く。けれど、暫くして先に口を開いたのは逸生さんの方だった。
「紗良、ごめん。干渉するつもりはなかった」
「……」
「今の話、聞かなかったことにするから」
貼り付けたような笑みを浮かべた逸生さんは、今度は優しく私の腕を掴み、そっと胸に抱き寄せる。
ここは会社だというのに。彼は私の背中に回した手に、ぎゅっと力を込めた。
「だからあと少し、俺の秘書兼恋人でいてくれる?」
「…私でいいんですか?」
「うん、俺は紗良がいい」
もしかして逸生さんの叶わない恋の相手は、私に似ているのだろうか。でなきゃ、ここまできても私に拘る理由が全く分からない。
でももう、そんなことどうでもいい。逸生さんが私でいいって言ってくれるならそれでいい。
彼の気持ちが他に向いていても、あと少し、逸生さんの傍にいたい。
──もうすぐ、逸生さんと一緒にいられる最後の季節、冬がくる。