転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「専務」
突如鼓膜を揺らした声にハッとした。慌てて顔を上げれば、いつの間にか俺のデスクの前に立っていた紗良と視線が重なった。
「…なに、どした?」
「いま受付から連絡があって、白鳥さんがいらっしゃってるみたいで」
「…え?」
「専務に会いたいと…」
マジか。アポなしで一体何の用だよ。今は他の女のことなんか考えたくないのに。
でもここで断ったら、どうせまた親父にあることないことチクるんだろ。ほんと面倒な女だ。
「…分かった。応接室に通して」
「承知いたしました」
軽く頭を下げて踵を返した紗良。その後ろ姿を見つめながら、無意識に出た深い溜息。
「逸」
ふいに名前を呼ばれ声がした方に視線を向ければ、心配そうにこっちを見ている小山と視線がかち合った。
「大丈夫か?」
今の俺と紗良の会話を聞いていたであろう小山が、何かを察したように俺の隣に来て、ぽんっと俺の肩に手を置く。
「…出来れば会いたくない」
「ははっ、だったらさっさと終わらせて喫煙所行くぞ」
「…そん時コーヒー奢って」
「いやそこは上司のお前が奢れよ」
「こういう時だけ上司扱いすんなよ」
唇を尖らせる俺に「仕方ないから今日だけは親友として奢ってやるわ」と小山は眉を下げて笑う。
上司に対する言葉遣いは相変わらずだけど、恐らく心配してくれているであろう小山の優しさに、少し救われた気がした。