転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
ふと彼の手元に視線を落とすと、そこには1枚のクリアファイルがあった。その中に書類が入っているのが見えて、てっきりコピーを頼まれるのだと思った。
けれど逸生さんはファイルをこちらに差し出してくることもなく「ちょっと席外すから、応接室に新しい飲み物とお菓子でも持って行ってくれる?」と淡々と紡ぐ。
「承知しました。…それで、専務はどちらへ?」
「あぁ、兄貴を連れて来ようと思って」
「副社長ですか?それなら私が内線で…」
「いや、なるべくあそこには居たくないから俺が直接行ってくる。すぐ戻れるか分からないから、お菓子でも食べて待っていてもらおうと思って」
“なるべくあそこには居たくないから”
平然とそう放った逸生さんを怪訝に思いつつ、不謹慎にも心が弾んでしまった。
「…承知しました」
頷いた私に、逸生さんはフッと目を細めて踵を返す。その背中を見送りながら、緩みそうになる口元を手で覆った。
白鳥さんはいかにもモテそうだから、もし私の目の前で逸生さんが彼女に惚れたら、それこそ立ち直れなくなりそうで怖かったけど…今の感じだと大丈夫そう?
だからと言って、彼に好きな人がいることには変わりないし、政略結婚がなくなるわけではないのだけれど。
それでも少しだけ気持ちが楽になったから、私もなかなか単純な人間だと思う。