転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
・
結局私はあの後、逸生さんに会うことなく早退してしまった。逸生さんに電話をしても繋がらなかったため、一応メッセージは入れておいたけれど、逸生さんが既読を付けたのは私がマンションに着いてすぐのことだった。
私を追うようにして帰ってきた逸生さんは「紗良、大丈夫か?」と部屋に入ってくるなり私のそばに駆け寄ってくる。その手にはビニール袋があって、中に薬の箱やスポーツドリンク等が入っているのが透けて見えて、その優しさに胸がぎゅっと締め付けられた。
ほら、やっぱり。こんなに優しい人が意味もなく人を殴ったりするはずないよ。
「すみません、勝手に早退してしまって」
「そんなことはいいけど、体調はどう?ごめんな、すぐ気付いてあげられなくて」
「いえ、逸生さんと別れたあと急に具合が悪くなって…むしろ心配させてしまって申し訳ありません」
「心配するのは当たり前だろ。てか薬は飲んだ?一応解熱剤から鎮痛剤、風邪薬まで色々買って帰ったけど…」
そう言いながら、急に私の方へ手を伸ばしてくる逸生さん。その手が私の額に触れると「熱はなさそうだな」と逸生さんは安堵の息を吐いた。
外はかなり冷え込んでいる。そんな中急いで帰ってきてくれた逸生さんの手はかなり冷たかった。それなのに、彼に触れられた額が熱を帯びていくのが分かる。
「…ほら、やっぱり優しい」
「え?」
無意識に出た言葉に、逸生さんは「なんか言った?」と首を傾げる。
「逸生さんはめちゃくちゃ優しいです」
「え、なに、急にどうした」
「私からしたら、完璧な男です」
「待って、普通に照れるんだけど。もしかしてドッキリ?それとも風邪で頭おかしくなったか?」
いたずらっぽく笑う彼は、「とりあえず冷やしてみる?」と袋から取り出した冷却シートを私に差し出してくる。
その冷却シートを受け取らず、ただ真っ直ぐに逸生さんを見つめれば、「紗良?」と困ったように眉を下げる彼と視線が絡んだ。
「私、あの人は嫌です」
「…え?」
「逸生さんがあの人と結婚するのだけは、絶対に嫌」