転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「逸生さん、さっきのお金…」
腕を引かれたまま逸生さんの車に辿りつくと、彼は助手席のドアを開け、そこに私を詰め込んだ。そんな彼にお金を渡そうとバッグから財布を取り出したけれど、逸生さんは「いらない」と冷たく言い放つ。
さっき私が“いっくん”呼びした時は機嫌が直ったように見えたけど。ハンドルを握る逸生さんの横顔は、やっぱり少し怒っているように感じた。
「…あの、逸生さん、どうしてそんなに不機嫌なんですか」
心做しか運転も荒い。ただでさえお酒を飲んでふわふわしているのに、更に酔いが回りそう。そんな中控えめに尋ねれば、逸生さんは前を向いたまま静かに口を開く。
「不機嫌っていうか…普通に悔しいだけ。紗良に怒ってるわけじゃないよ」
「…悔しい?」
「まさか小山とふたりきりになってるなんて知らなかったから、普通に嫉妬してんの。俺も紗良と飲みたかったのに…急遽会食が入ったことにも腹が立ってる」
“嫉妬”なんて言葉、どうして簡単に使うのだろう。
逸生さんに嫉妬してもらえるのは素直に嬉しいけれど、逸生さんには他に好きな人がいるはずだ。それなのに、恋人ごっこをしているからってまるで本物の恋人のように嫉妬しなくてもいいのに。
逸生さんは狡い男だと思う。私の気持ちに気付いていて、わざとそんなことを言っているのだろうか。
あと少しで逸生さんと別れなけらばいけないのに、大事にされたり、彼の優しさに触れる度、嬉しい反面胸が潰れそうなくらい苦しくなる。
それでもこの気持ちは止められないから、これが惚れた弱みというやつなのかもしれない。