転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「洗脳だなんて…」
「いいよな、あいつは。昔から呑気に好きなことだけして生きてきて」
「…え?」
それでも何か軽く言い返してやろうとした時だった。それを遮るように口を開いた副社長は、手元の缶コーヒーに視線を落としながら、まるで愚痴を吐くように言葉を紡ぐ。
「一丁前に反抗して、毎日喧嘩でこっちに迷惑ばかりかけて、何のプレッシャーもなく自由に過ごしてきたくせに、あっさり役職手に入れて、気に入った女は傍に置いて」
「……」
「人と話してりゃ金貰えて、女とも遊べる。そんなの、猿でも出来るだろ」
ふっと馬鹿にしたように笑った彼は、フタを開けた缶コーヒーを喉に流し込む。
「猿でもって…専務のあのコミュ力は誰にでも真似出来るものじゃないですし、彼も努力して…」
「その弟とは反対に、兄はコミュ力がないって?そんなの、1日中部屋に閉じ込められて勉強するように言われて、“お前は賢い”“他の奴らとは違う”って言い聞かせられて、周りから遮断されて友達のひとりも作れず育ったら、人と接するのも苦手になるに決まってんだろ」
まるで心の声を叫ぶような彼の言葉に、思わず口を噤んだ。
明らかに動揺する私に、彼は続けて口を開く。
「どうせ君も、逸生の昔話を聞かされて同情した偽善者なんだろうけど。親に褒められる、相手にされるのイコールが、可愛がられてるだと思うなよ」
「……」
「まぁそんなお人好しだから、あんな男についていけるんだろうけど」
吐き捨てるようにそう言った彼が、再び私を視界に入れる。その目はやはり冷たくて、ただ黙ってその目を見返すことしか出来なかった。
私はただ、逸生さんだけが苦しんで寂しい思いをして生きていたのかと思っていた。けれどこの人もまた、期待された兄としてかなりのプレッシャーを背負って生きてきたのかもしれない。