転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「あ、そうだ」
用が済んだのか踵を返した副社長は、何か思い出したように私に背を向けたまま口を開く。
「1ヶ月後の役員会議で、あいつの相手が正式に決まるっていうのは知ってると思うけど」
「……」
「逸生、明日から急遽出張になったから」
「…え?」
秘書の私ですら知らない情報を淡々と放った彼は「ちなみに2週間な」と一言付け加える。
「2週間…」
「俺と親父も一緒だから、恐らく君は置いていかれると思うけど」
彼の口から放たれる言葉ひとつひとつを、頭の中でゆっくりと整理する。そしてそれを少しづつ理解すると、急に頭が真っ白になった。
「あと1ヶ月しかないのに一緒にいられないとか…やっぱ可哀想な女だよ」
最後にそう吐き捨てた彼は、そのまま一度も振り返ることなくどこかへ行ってしまった。
その後ろ姿をぼんやりと見つめたまま、暫くそこから動くことが出来なかった。
足に力が入らない。立っているのがやっとだ。呼吸の仕方が分からなくなるほど、息が苦しい。
彼の最後の言葉が、頭の中でぐるぐる回っている。理解しているつもりなのに、何かの間違いなんじゃないかと、身体が受け入れようとしない。それくらい、今の私には信じ難い現実を突き付けられた。
逸生さんが今朝慌てて出て行ったのは、きっとその件だったんだ。急遽社長や副社長と打ち合わせをしていたのかも。
あと1ヶ月一緒にいられると思っていたのに。残りの時間を楽しく過ごしたいと、昨日小山さんにも話したばかりなのに。
現実はそう甘くはなかった。
このままオフィスに戻って、普通に仕事が出来るだろうか。逸生さんの顔を見て、泣かずにいられるだろうか。
「…逸生さん」
無意識に零れ落ちた彼の名前。ふとムスクの香りを思い出して、目頭が熱くなった。
今すぐ逸生さんに会いたい。彼に触れたい。
──逸生さんと一緒にいられる時間は、あとどれくらいなんだろう。