転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「私ずっと不思議に思ってたんです。なんで大変な思いをしてまで、逸生さんはこの会社で働き続けるんだろうって」
唐突に語り始める私に、逸生さんは不思議そうな顔を向けつつ、小さく相槌をうちながら静かに耳を傾ける。
「逸生さんは以前、この会社に入った理由は手っ取り早く役職を手に入れたかったからだと仰いました。でも、本当は違いますよね」
「……」
「本当は会長のため…ですか?」
綺麗な形をした目を真っ直ぐ見つめながら尋ねれば、その瞳が微かに揺れた。
少し間を空けてから「うん、一番の理由はそれかな」と答えた彼に「その話、詳しく聞きたいです」と返せば、逸生さんは私の横髪を指先で掬いながらゆっくりと口を開いた。
「俺が家族とあんま仲良くないのは、紗良も知ってると思うけど…じいちゃんだけは俺の味方でいてくれて」
「……」
「そんなじいちゃんが、昔喧嘩ばっかしてたクズみたいな俺に言ってくれた言葉があるんだ。その誰にでも向かっていく姿勢がいいって。向き合い方を変えたらいい方向にいくぞって。俺、その頃誰にも褒められることなんてなかったから、その時のことはなんか覚えてて」
「…そうなんですね」
「俺がこの会社で働いたらもっと大きくなる気がするって、周りの人に言ってたのも知ってたから。じいちゃんがそう言うならその期待に応えようかなって、気付いたらその気になってて…」
少し照れくさそうに語る彼を、相槌をうちながら見守る。
やっぱり会長のことを語る彼は普段より少し幼く見てえて、そして幸せそうで。見ているこっちまで幸せな気持ちになって、胸があたたかくなるのを感じた。