転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします

「今思えば単純な理由だけど、その頃の俺は他に何もなかったから。歳を重ねるにつれて、このままじゃダメだっていうのも分かってたし、両親以上にくそみたいな大人になるのも嫌だったし。そこで、今自分が守りたいものを考えた時、出てきたのがじいちゃんや稲葉さん、あとは小山とか、俺を支えてくれた存在で…」

「逸生さんの周りの方達は、本当に素敵な人ばかりですもんね」

「うん。今の俺があるのは、その人達のお陰だから。恩返しじゃないけど…まずはじいちゃんの喜ぶ顔が見たくて」


てか、改めて言葉にすると照れくさいな。そう続けた逸生さんは、私から視線を逸らし枕に顔を埋める。その姿がおかしくて思わず彼の後頭部にそっと触れれば、逸生さんは顔だけ私の方へ向けて「笑いたければ笑えよ」と唇を尖らせた。

けれど決して表情を崩さない私に、逸生さんは「こんなんじゃ笑わねえよな」と眉を下げる。そんな彼に「逸生さん」と声を掛ければ、後頭部に触れていた手をそっと剥がした逸生さんは「ん?」と首を傾げながら、私の手に自分の指を絡めた。


「約1年、逸生さんをそばで見ていて、ずっと思っていたことがあるのですが…」

「思っていたこと?」

「さっき、御家族とあまり仲が良くないと仰いましたが…逸生さんは御家族のことを、あまり悪く思っていないですよね」


逸生さんの動きがピタリと止まる。少し間が空いて「どうしてそう思う?」と尋ねてきた逸生さんの表情は、とても穏やかに見えた。

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