転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
──なぜ私がここに連れてこられたかというと。
“せっかく恋人になったし、どうせなら一緒に住む?”
昨夜、彼は息をするようにさらりとそんな台詞を吐いたかと思うと“明日の夜迎えに行くから、準備しておいて”と、私の返事を聞く前に勝手に話をすすめた。
そのため、連絡先を交換してすぐにメッセージアプリでアパートの住所を送ったわけだけど。まさか本当に迎えに来てくれるとは思わなかった。
あまりにも淡々と話がすすんでいくから、もしかして本当は転生してる?と自分を疑ってしまったけれど、どうやら私は本当にあの九条さんの恋人になったらしい。
まぁ、もうすぐアパートの更新日だったから正直助かったけど。自分がこんなマンションに住む日がくるなんて思わなかったから、何だか夢を見ているみたいだ。
「ここが俺らの部屋ね」
「最上階なんですね…」
「うん。ちなみにこのマンションはうちの会社が管理してるから、何かあったらすぐ言って」
説明しながら鍵を開けた九条さん。先に部屋に入った彼に続いて足を踏み入れれば、ひとりで住んでいたとは思えないバカでかいリビングに、壁一面の大きな窓から見える夜景が視界に飛び込んできた。
まるでスイートルームのような部屋に、思わず「うわぁ」とうっとりとした声が漏れる。
「荷物は余った部屋にでも置いておけばいいから。他にもこの家にあるものは好きに使って」
こくりと頷いた私の手には、キャリーケースがひとつ。今日はとりあえず服とメイク道具だけを持ってきた。残りの荷物は後日引越し業者に頼んで運ぶ予定だ。
「…偽物の恋人なのに、こんなに贅沢させてもらっていいんですかね」
「偽物って言うなよ」
すかさず突っ込んできた九条さんはくすくすと笑いながら近付いてくると、夜景を眺めている私の隣に並ぶ。
「俺の部屋に紗良がいるの、なんか変な感じ」
そして小さくそう零した彼は、私の顔を覗き込むように腰を折ると、至近距離で視線を重ね、優しく目を細めた。