転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
昨日とはまるで違う。
整えられた髪に、ふわりと鼻先を掠めるムスクの香り。すらりとした長身には、スーツがよく似合っている。
彼は昨日、女はいくらでも寄ってくると言っていた。その時は「何だこのナルシストは」と思ったけど、確かにこれはモテそうだ。
「おデコの調子は?」
「かなり濃い痣が出来てしまいました」
「だろうな」
冷却シートで隠れている額には、痛々しい痣がくっきりと残っている。九条さんはそこをじいっと見つめると「とりあえずその痣が治るまでは外出禁止な」と笑った。
確かにこの顔で外出したら、DVを疑われそうだ。この痣が治るまでは、ここで静かに秘書について勉強でもしておこうかな。
「あ、そうだ」
ふと革張りの大きなソファが視界に入り、ある事を思い出した私は、それを一瞥したあと九条さんに視線を戻す。
「今日はさすがに布団を持ってくることが出来なかったので、あのソファで寝かせてもらってもいいですか」
我が家のベッド以上に寝心地の良さそうなソファ。あそこなら問題なく朝までぐっすり眠れそうだ。
そんな呑気なことを考える私を余所に、「え?」と声を零した彼は、少し驚いた表情をしながら「何言ってんの?」と首を傾げる。
「俺ら、一緒に寝るんじゃねえの?」
「…え、」
「だって恋人だし」
「や、まぁそうですけど」
「てか紗良と寝るために、今日の昼間にベッド新調しておいた」
「仕事早すぎません?」
そんなすぐに家具が手に入ることもビックリだけど、何よりその行動力に驚いた。
別にわざわざ新調しなくても良かったのに。お坊っちゃまの思考は、理解するのが難しい。