転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします

「…嫌だ。急に言われても受け入れられない」


低く放たれた台詞は、まるで駄々をこねる子供みたいだった。

いつも飄々としている逸生さんが、明らに動揺している。こんなに余裕がない彼を見るのは初めてだ。


「急じゃないですよ。いずれこうなることは分かっていたはずです。それが最初の約束ですから」

「だからって何でこのタイミングなんだよ。せっかく思いが通じあったのに、すぐに離れられるわけないだろ」

「だからこそです。だらだらと一緒にいたら、それこそ本当に離れられなくなるじゃないですか。両思いになれただけで充分なんですよ」

「俺は無理。せめて秘書だけでも…」


必死に手を伸ばしてくる彼を拒むように、静かに首を横に振った。

まだ逸生さんの腕の中にいるはずなのに、なぜかぬくもりを感じなくなった。別れの言葉を口にした瞬間から、まるでひとりぼっちになったみたいに、心にぽっかりと穴があいてしまった。

引き止められる度に揺らぎそうになる。この腕に縋りたくなる。

でも、やっぱり冷静に考えるとこの答えしか出せなかった。


「逸生さん、言いましたよね。今度辞めたいって言う時は“俺と一緒にいるのが嫌になった時にして”って」

「……」

「好きな人が目の前で他の女性と結婚するのを、黙って見てろって言うんですか?他の女性と寄り添っている姿を、一生そばで見守らなきゃいけないんですか?私はそんなの無理です。逸生さんには幸せになってもらいたいけど、他の人と幸せになっている姿を見るのはつらい。だから辞めさせてください、お願いします」


矢継ぎ早に放った声は、今にも消え入りそうなほど弱々しかった。

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