転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
どんなに突き放しても追いかけてくる。その必死さに思わず心を奪われてしまうけれど、その分逸生さんを拒絶しなければいけないことが苦しくて仕方がなかった。
「逸生さん…私達が結ばれても、何もいいことなんてないんですよ」
「…そんなの分かんないだろ」
「分かりますよ。一度冷静になってください。逸生さんは私達だけが幸せならそれでいいんですか?会長や稲葉さん、小山さんや御家族に恩返しするために今まで頑張ってきたんですよね」
逸生さんの胸から顔を離し、ゆっくりと視線を上げる。
涙でボロボロになった顔を見られるのが恥ずかしいなんて思う余裕すらなかった。逸生さんの頬に手を伸ばし、今にも泣きそうな彼の、目の下を親指でそっと撫でる。
「私は父のように、何もかも捨てて自分の幸せを手に入れるなんて出来ません」
「……」
「逸生さんが背負っているものを、一緒に背負う覚悟もありません。私は今後も穏やかな人生を送りたいので」
そんなこと、本当は1ミリも思っていない。私の人生なんて、逸生さんと再会したあの日に捨てたようなものだった。だから私を救ってくれた彼のためなら、何でも背負える自信がある。
でもこればっかりは、自分達の我儘を突き通すわけにはいかないから。私が身を引けば、全てなかった事にできるから。
「明日から二週間、逸生さんの出張中に引き継ぎを済ませます。その間にこの部屋にある私の荷物も、少しずつ実家に運ぶ予定です」