転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします

「…そんなこと言わないでください。逸生さんは会社に必要な存在です。会長も喜んでくれているじゃないですか」


逸生さんは普段から弱音を吐かない。そんな彼の涙を見るのは、勿論初めてだった。

今すぐ抱き締めて「全部嘘だよ」って言えたら、どれだけ楽だろう。私が傷付けてしまったからこそ、胸が抉られて、苦しい。


「…逸生さんのことは一生忘れません。この先逸生さん以上に好きになる人も現れないと思います」

「……」

「どうか幸せになってください。一緒にはいられないけど、私はずっと逸生さんの味方です。1年間、素敵な時間をありがとうございました」


全て言い終えると、逸生さんが涙を流した頬にそっとキスをした。

唇を離すと、それを追うように逸生さんが私を強く抱き締めた。再び彼の胸に顔が埋まって、少し息が苦しくなる。

けれどその息苦しささえも、今は幸せに感じた。もう二度と感じることのないぬくもりを、身体に覚えさせるように大きな背中に手を回した。


「…紗良、俺はまだ受け止められない。どうにかして一緒にいられる方法はないかって、必死に探してる」

「……」

「でも、正直今は頭が真っ白で何も浮かばないし、これ以上しつこく引き止めて紗良を困らせたくはない。紗良だって、俺を拒む度に傷付いてるだろうから」


逸生さんが鼻をすする音が鼓膜を揺らす。それだけでも涙を誘うのに、こんな時でもやさしい言葉をかけてくれる彼のあたたかさに、また涙を零した。

やっぱりこの先、彼以上の人には出会えないと思った。

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