転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「そっか、ならよかった」
小山さんは安心したように目を細めたけれど、私は頷くことは出来なかった。
あの日から色々考えているけれど、自分の気持ちを伝えない方がよかったんじゃないかと思う時がある。
だって、両思いだからこそ離れるのが苦しかったから。“最後の思い出に抱いてください”だけ言えば、いい思い出だけが残ってよかった気がするから。
もしくはきっぱりとフってほしかった。そしたら引きずることなく、諦めもついたのに。
好きな人と思いが通じ合ったことは嬉しい。でもその後の地獄に、私はあと何年耐えなければいけないのだろう。
「…皆さん、本当にお世話になりました。愛想がない私を可愛がってくださったこと、一生忘れません」
「何言ってるの。岬さんは確かに笑顔にはならなかったけど、楽しんでくれていることは伝わってきていたわ。だから私達も、岬さんと一緒にいるのが楽しかったのよ」
古布鳥さんが鼻をすすりながらあたたかい言葉をかけてくれるから、鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。
本当は辞めたくなんかない。逸生さんだけじゃなく、ここにいる皆にも会えなくなるのが寂しい。
前の職場では考えられなかった。悲しんでもらえるのも、自分自身が悲しくなるのも。
こんな気持ちになったのは生まれて初めてかもしれない。何年も通った学校の卒業式より、たった1年しか勤めていない会社を退職する方がつらいなんて不思議だ。
これも全部、逸生さんが私に素敵な出会いをくれたから。やっぱり逸生さんには、感謝してもしきれないと改めて思った。