転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「岬さん、またいつでも遊びに来てくれよ。俺の百合子が喜ぶからさ」
未だ泣き続けている百合子さんの肩を抱き寄せたイノッチさんは「百合子、二度と会えなくなるわけじゃないんだから泣いてないで笑えよ」と慰める。
すると彼の言葉を聞いて素直に頷いた百合子さんは、ハンカチで涙を拭いながら私に笑顔を向けた。
仲良しでお似合いなふたりが眩しい。何より両思いで一緒にいられるふたりが、今は少し羨ましく感じる。
そんなふたりには、私の分まで幸せになってほしいと心から思った。
「…本当にありがとうございました。皆さんお元気で。では、失礼します」
深々と頭を下げて、踵を返す。皆に背を向けて歩き出すと、振り返ることなくオフィスを後にした。
「岬さん!」
けれど、後ろから聞こえてきた声にすぐに呼び止められ、再び足を止めた。
「…坂本さん」
後ろから走って私を追いかけてきたのは、営業課の坂本さんだった。
「ほんとに、辞めるんすね」
普段はクールであまり表情を崩さない彼が、眉を下げてぽつりと呟く。
「はい。坂本さんにも大変お世話になりましたね。ありがとうございました」
「…いいんすか、専務と離れて」
私の挨拶を華麗にスルーした彼は、射抜くような目で逸生さんのことを口にする。まさかこのタイミングでその話題が出てくると思わなかったから、思わず視線を逸らした。
「そうですね。実らない恋を楽しんでいたドMな私にとっては、毎日の刺激がなくなるのは寂しいですが」
「……」
「でも私もいい歳なので、未来のあるドSな方を探そうと思います。そのためには、やっぱり彼からは離れた方がいいと思うので」
これは精一杯の強がりだ。ここで弱音を吐いたら、我慢しているものが全て溢れそうな気がしたから。