転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします

「変なこと言わないでください」


にやけてしまうから、という意味を込めて放った言葉。けれど九条さんは別の意味で捉えたのか、声を出して笑うと「うそだから、そんな警戒するなよ」と踵を返し、私に背を向けた。


「お風呂はまだだよな。先に入る?」


スーツを脱ぎながら尋ねてくる九条さんを見て、ハッとした。慌てて「九条さん」と声をかけながら駆け寄った私は、彼の傍で立ち止まると「私がハンガーに掛けましょうか」と両手を差し出した。

振り返った九条さんは、キョトンとした顔をしている。


「そんな気を遣わなくても、これくらい自分でするけど」

「いえ、秘書になる身なのでこれくらいは…」

「紗良」

「あ、はい」


差し出した手を一瞥した彼は、スーツをこちらに手渡すことなく、私と視線を重ねる。


「ここでは恋人。紗良はいま、秘書じゃなくて俺の彼女な」

「…彼女でも、これくらいは…。何もせずに九条さんの部屋に住まわせてもらうのも申し訳ないですし…」

「逸生」

「…え?」

「恋人なんだから、ここでは逸生って呼んで」


唐突な提案に、戸惑いを隠せず言葉を詰まらせてしまった。そんな私を見て、九条さんは「ほら、呼んでみて」と急かしてくる。


「い…逸生…さん」


思いの外声が小さくなってしまったけれど、逸生さんはきちんと拾ってくれたらしい。言い終えたと同時、彼はゆるりと口角を上げると「うん、合格」と穏やかに紡いだ。

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