転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
坂本さんと別れ、会社を出ると、そこに見慣れた男性が立っていた。彼は私を待ち構えていたのか、私を捉えた瞬間ゆっくりと近付いてくる。
「岬さん、あちらにお車をご用意しております」
やわらかい笑みを浮かべながらそう声を掛けてきたのは、少し前に還暦を迎えたドライバーさんだった。
「あれ、私頼んでましたっけ…」
「いえ、先ほど専務から連絡がありまして、岬さんをお送りするようにと…」
「そう、だったんですね…」
思わぬサプライズというべきなのだろうか。どこまでも思いやりのある彼の行動。最後の最後まで、私の心を奪っていく。
「…では、お言葉に甘えて…」
彼の最後のやさしさを素直に受け取った私は、用意されていた車の後部座席に乗り込んだ。
座り慣れたレザーのシートに、嗅ぎ慣れた芳香剤の香り。いつもと変わらないはずなのに、彼が隣にいないだけで車内が広く感じられ、窓の外に映る景色も少し違って見えた。
「岬さん、一年間本当にお疲れ様でした。いつも私に優しく接してくださってありがとうございました」
「いえ、こちらこそ大変お世話になりました。いつも迅速に対応してくださるので、とても心強かったです」
車を発進させたドライバーさんと会話をしながら、流れる景色に視線を向ける。
この一年、彼とこの車に乗って色々な所へ行った。その思い出が頭をよぎり、彼がいつも座っていた隣のシートを、無意識に撫でていた。