転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「岬さん、私は専務が入社する前から九条のドライバーとして働いているのですが…」
静かに語り始めたドライバーさんに耳を傾ける。
思えば彼とこうして話をするのは初めてかもしれない。いつもは事務的な言葉しか交わさなかったから。
「岬さんが入社されてからの専務は、今までで一番生き生きとしていましたよ。この一年で一段と雰囲気も柔らかくなって、あんなに楽しそうな専務を見たのは初めてでした」
「……」
「幼い頃の専務と比べたら、驚くほどの変化です。専務は岬さんと一緒にいる時間が何より楽しくて、安心出来たんでしょうね」
私達の間で起こった出来事を、彼は全て見抜いているのだろうか。その言葉はまるで私を慰めてくれているようで、いとも簡単に心を揺さぶられてしまう。
会社では、泣いてはいけないとずっと気を張っていたけれど。皆と別れ、緊張の糸がきれたのか、耐えきれず一筋の涙が頬を伝った。
慌てて目頭を押さえて俯いたけれど、一度出てしまった涙は堰を切ったように次から次へと溢れてくる。
「私個人の気持ちとしては、おふたりが並んでいる姿を見られなくなるのは寂しいです」
私だって寂しい。何もかもが最後なのかと思うと、苦しくて仕方がない。
でも、他にもそう思ってくれる人がいるだけで、なんだか救われた気がした。
「なので、またいつか会いにきてくださいね。その時は私がお迎えに参りますから」
泣いているせいで声が出せない私は、静かに頷く。そんな私をバックミラーで確認した彼は、優しく目を細めるだけで、それ以上何も言わなかった。