転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします


「岬さん、私は専務が入社する前から九条のドライバーとして働いているのですが…」


静かに語り始めたドライバーさんに耳を傾ける。
思えば彼とこうして話をするのは初めてかもしれない。いつもは事務的な言葉しか交わさなかったから。


「岬さんが入社されてからの専務は、今までで一番生き生きとしていましたよ。この一年で一段と雰囲気も柔らかくなって、あんなに楽しそうな専務を見たのは初めてでした」

「……」

「幼い頃の専務と比べたら、驚くほどの変化です。専務は岬さんと一緒にいる時間が何より楽しくて、安心出来たんでしょうね」


私達の間で起こった出来事を、彼は全て見抜いているのだろうか。その言葉はまるで私を慰めてくれているようで、いとも簡単に心を揺さぶられてしまう。

会社では、泣いてはいけないとずっと気を張っていたけれど。皆と別れ、緊張の糸がきれたのか、耐えきれず一筋の涙が頬を伝った。

慌てて目頭を押さえて俯いたけれど、一度出てしまった涙は堰を切ったように次から次へと溢れてくる。


「私個人の気持ちとしては、おふたりが並んでいる姿を見られなくなるのは寂しいです」


私だって寂しい。何もかもが最後なのかと思うと、苦しくて仕方がない。

でも、他にもそう思ってくれる人がいるだけで、なんだか救われた気がした。


「なので、またいつか会いにきてくださいね。その時は私がお迎えに参りますから」


泣いているせいで声が出せない私は、静かに頷く。そんな私をバックミラーで確認した彼は、優しく目を細めるだけで、それ以上何も言わなかった。

< 271 / 324 >

この作品をシェア

pagetop