転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
いつも冷静で、頭の切れる兄貴の言うことは何も間違ってはいなかった。
責任と言っても、俺が会社を辞めたところで何も解決はしない。じいちゃんの顔にも泥を塗ることになるし、その後の問題に必ず紗良を巻き込む。
もしかしたら紗良やじいちゃんを含め、全てを失うかもしれない。それでも俺はここで引き下がることは出来なかった。
“そろそろ自分の幸せを優先してもいいんじゃね?”
小山の言葉が反芻する。俺みたいな出来損ないの人間が幸せになってもいいのなら、その先にいるのはやっぱり紗良だ。
俺は、紗良の笑った顔を見るまでは死ねない。
「…まぁでも、いいんじゃない?辞めても」
「おい、なに勝手に…」
突然さらりと肯定した兄貴を、親父が慌てて止めに入る。それでも兄貴は俺から目を逸らさず、感情のない顔で口を開く。
「このままこの会社にいても、どうせまた問題起こすだろ。結婚より離婚の方が面倒って言うし、そうなるくらいなら最初から結婚なんかしない方がいい」
冷たく突き放すような言い方。納得、というよりは諦め。後味の悪いその発言に、思わず口を紡ぐ。
「とりあえずさっさとここから出ていけよ。そして二度と俺の前に姿を現すな。お前に振り回されんの、もううんざりなんだよ」
初めて兄貴が表情を崩した気がした。眉を顰めながらも、どこか苦しげで、今まで俺がどれだけ兄貴に迷惑をかけてきたのかが分かる。
「…兄貴には、申し訳ないことをしてきたと思ってる。全部兄貴が背負ってんの、知ってて見て見ぬふりしてた。だからもちろん、俺はここを辞めたら、家族とも縁を切──」
「テッテレー!」
突如バーンと音を立てて開いた社長室のドア。それと同時に鼓膜を揺らしたのは、人生最大の修羅場に不釣り合いな陽気な声音。
弾かれたように振り返ると、そこにいた人物に思わず目を見張った。