転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
目を丸くして固まる俺達を見て、ゆるりと口角を上げたその人物は「その顔はドッキリ大成功だな」と放ちながらのんびりとした足取りで部屋に入ってくる。
「久しぶりにここに来たけど、相変わらず殺風景な部屋だなあ。花くらい飾ったらどうだ」
「…父さん、何か用でも?」
「まあちょっとな。てか珍しく皆揃ってるじゃないか。そんなしけた顔してどうした?」
はははーと声を上げて笑いながら俺の横に立ったのは、ジャージのズボンにダウンジャケット、ニット帽を被った、会長とは思えない姿のじいちゃんだった。
じいちゃんは「饅頭でも持ってきたらよかったかな」と俺に向けて呟くと、そのまま近くのスツールに腰を下ろす。そして部屋をぐるりと見渡して「今度花を持って来ようかな」と独り言を呟いた。
じいちゃんの登場によって異様な空気になった室内に、静かな時間が流れる。
「…じいちゃん、ごめん」
その沈黙を破ったのは、他の誰でもなく俺だった。
じいちゃんの方に体を向けて「俺、ここを辞めたい」と真っ直ぐに気持ちをぶつけると、じいちゃんは小さく「ほう…」と零す。
「今まで俺の“守りたいもの”はこの会社だった。じいちゃんが喜んでくれるなら何でも出来るって、そう思ってた。むしろ俺にはそれしかなかったし、この先も一生をかけて守る気でいた。……だけど、それ以上に大事なものが出来た」
「……」
「政略結婚の話、なかったことにしてほしい。昔、この会社を守るって約束したのに本当にごめん。俺が必ずデカくするって言ったのに、むしろ迷惑をかけることになって…」
「はて、そんな話したっけな」
「……え、」
とぼけているのか、それとも本気でボケたのか。
思いもよらぬ発言に思わず間抜けな声を零せば、じいちゃんは「最近物忘れが激しくてなあ」と目尻に皺を作った。