転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「でもじいちゃん…」
「重い重い。80超えたじじいにそんな難しい話をするんじゃないよ。言っておくが、わしから孫に押し付けるものなんて何もないよ」
「……」
「まぁ、今の仕事は逸生に合ってると思うけどな。わしに似て、こみ…こむ…きょみりょ…」
「…コミュ力?」
「そうそれ。その力が長けてる。わしに似てな。大事なことだから2回言ったぞ」
重苦しい空気に、気付いているのかいないのか。じいちゃんは呑気に声を上げて笑いながら「だから勿体ないけどな。でもそんなに辞めたいなら、わしと一緒に辞めるか?」と目を細める。
「父さん、勝手なことを言わないでくれ。今更縁談を断るわけにはいかない。そもそもこんなギリギリになって、社会人として非常識だろ」
「でも、もともと誰が相手になるのかも分からない曖昧な縁談だったんだろ?やっぱどの子もタイプじゃありませんでしたーって言えば丸く収まるんじゃないか?」
「そんな簡単に…。もうすぐ退くからって、適当なことばかり言わないでくれないか」
「そうそう。もう今年度で退くことにしたんだよ。
こんな会長、いてもいなくても一緒だしなあ。だいぶ足腰も弱くなってきたし、今のうちにやりたいことやりたくてだな。もう既にやってるけど」
怒りを隠しきれない親父の攻撃も、じいちゃんは軽く躱す。思わず拍子抜けしてしまうじいちゃんの言動に、兄貴はただ黙って見守るだけ。
じいちゃんの纏う空気は独特だ。さすがこの会社を大きくした人物だけあって、口調は穏やかなのに、どこか芯がある。こちらが強く言い返せないような雰囲気を出してくる。
そんなじいちゃんの視線が、真っ直ぐ俺を捉えた。歳のせいか少し垂れ目がちの目は、笑っているように見えて目の奥が笑っていなかった。
「なぁ逸生」
ゆっくりと口を開いたじいちゃんの声は、さっきと違いワントーン低い。じいちゃんの醸し出す空気に、思わず息を呑んだ。