転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
小山さんの予想通り、婚約者は松陰寺さんに決まったらしい。その文字を目で追いながら、やけに落ち着いている自分がいた。
もちろん、逸生さんが他の誰かと一緒になることはショックだけれど、その相手が白鳥さんでないことに酷く安堵した。
“そうなんですね”
宣言通り、百合子さんは私が退職してから毎日のようにメッセージを送ってくるけれど、それに対して返信したのはこれが初めてだ。
だっていつもは“今日のおやつ”とか“今日の愛妻弁当”とか、反応しづらい画像ばかり送られてくるから。
“岬ちゃんから返信がきた!”
動物が喜んでいるスタンプと一緒に送られてきたメッセージを見て、思わず口元を緩めた。こうして喜んでくれるならこれからはもう少し返してあげてもいいかな、なんて思いながら、メッセージアプリをそっと閉じた。
もうこれで、逸生さんとの未来は本当になくなった。綺麗サッパリ振られた気分だ。これで私も躊躇うことなくお見合い相手と向き合える。
──なんて思えたら、どれほど楽だろう。
「──紗良」
光を失い真っ暗になったスマホの画面をぼんやりと見つめていた時だった。
コンコン、と無機質なノック音のあと、ドアの向こうから私を呼ぶ声がした。
「はい」
「お見合い相手、無事に決まったよ」
ドアを開けず紡いだ父の声が、今日はやけに落ち着いていた。
「ここにきて父さんは寂しくなってるけど…お見合い、してくれるか?」
控えめに尋ねてくる父の声は微かに震えていた。
逸生さんの婚約報告に落ち込んでいる暇もなく、追い討ちをかけるように持ちかけられた縁談。
私は迷うことなく「いいよ」と返した。