転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「…お母さんは、私が早くお嫁にいった方が安心だよね?」
ぽつりと呟いた私に、母は一瞬目を大きく開いた。
「…そりゃあね、ずっとひとりでいられたら心配にもなるけど」
「……」
「でも結婚が全てじゃないから。お母さんは紗良に、結婚して幸せになってもらいたい。だけどもし、この人とは幸せになれないって思ったら、今回のお見合いも断ればいいのよ」
穏やかな声音で紡がれた言葉に、目頭が熱くなり、胸をぎゅっと締め付けられた。
どうやら私は、気付かない間にプレッシャーに押し潰されそうになっていたらしい。私の中で逸生さんの存在が大きくなっていたのも、きっとそのせいだ。
だけど、本当に断っていいのだろうか。お父さんが必死に探してきてくれて、相手の人やそのご両親にまで貴重な時間を割いて貰うというのに。断る前提で会うなんて、失礼にも程がある。
「…お母さん、私…」
──断らないよ。喉まできている言葉が、出てこない。思わず口を噤んだ私を見て、母は私の手をそっと握った。
「ごめんね、紗良がそこまで重く受け止めてるなんて思わなかったわ。でも本当に、軽い気持ちでいいのよ。まぁドタキャンはさすがに非常識だから、今日はとりあえず乗り越えてもらわなきゃだけど…後で丁重にお断りすれば納得してもらえるでしょ。お父さんもそこまで鬼じゃないわ」
「……」
「私達も急かしたつもりはなかったんだけど…結果、紗良を苦しめてたね。気付いてあげられなくてごめんね」
涙で視界が滲んでいく。いつもより時間をかけて施したメイクが崩れてしまわないよう必死に耐えるけど「お母さん、違うの」と呟いたと同時、一筋の涙が頬を伝った。