転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「私、秘書経験皆無なんですけど本当に大丈夫ですかね。この秘書兼恋人という役目、もし力不足だと判断した瞬間、即クビにしてください」
「クビって」
肘をついて寝転んだ逸生さんは「大丈夫大丈夫」と声を出して笑う。でも私からしたら、どうして彼がこんなに呑気でいられるのかよく分からなかった。
「私、不安でしかないです。それに急に美人秘書が入社してきたら、他の社員にいじめられるんじゃないかと…」
「それは安心して。紗良の前の職場と違って、いい人しかいないから」
「でも私、コミュ力ゼロですよ」
「問題ない。俺がカバーするし」
「カバーされる秘書って何なんですか」
どうやら彼は、何がなんでも私を秘書にしたいらしい。「とりあえず今日は寝るぞ」と無理やり話を終わらせた逸生さんは、布団を捲って私に寝転ぶよう指示する。
まだ不安が残りながらも、人ひとり分の距離を空けて渋々横になれば、逸生さんは「遠いな」と眉を下げて笑った。
「まぁ今日は、これくらいでいいか」
てっきり、早速身体を重ねると思っていたのに。
そう言って目を閉じた逸生さんは「紗良、おやすみ」と穏やかに紡ぐ。
「…おやすみなさい」
眠ると見せかけて、さりげなく手を出してくる作戦なのでは?と、様子を伺いながらも挨拶を返せば、逸生さんは私に指1本触れることなく本当に眠ってしまった。
恋人になれって言うくらいだから、もっとスキンシップが激しくなるのかと思った。それなのに、やるどころかキスすらしないなんて。正直、想定外だ。
「…初日は、こんなものなのかな」
布団を口元まで被って、一定のリズムで寝息を立てる逸生さんの横顔をまじまじと見つめる。
薄暗い部屋でもわかる。逸生さんの顔は、本当に綺麗だ。
最初は警戒してなかなか寝付けなかったけれど。いつも使っていた安物のベッドとは違い、新調されたベッドが寝心地いいのもあってか、急に睡魔に襲われて。
いつの間にか、意識を手放していた。