転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「古布鳥です。22歳で入社したので、もう30年近くこの会社で働いています」
その名の通り、ふっくらとした小太りの古布鳥さんはとても落ち着いた雰囲気だ。
前の2人と比べると、とてつもなくまともに見える。けれど、あまり愛想がないせいか、実は意地悪なお局で、このオフィスのドンなんじゃないかと勘繰ってしまう。
「専務がまだ子供だった頃から私はここにいるので、この会社のことはだいたい把握しているつもりです」
だから私は偉いです、とでも言うつもりだろうか。この会社のことは、逸生さんより分かっているというマウント?
怪訝に思いながらも古布鳥さんの言葉に耳を傾けていれば、彼女はここで初めて笑顔を見せた。
「だから分からないことは、私に何でも聞いてくださいね」
こういう人、前の職場にもいた。最初は優しい先輩を装って、後に陰でボロくそに言うタイプ。
そして私は、この手の人に嫌われる傾向がある。そのせいか、思わず身構えてしまう。
「岬さん、あなたあまり笑わないけど、とっても美人ね」
これは褒められてないよね。寧ろ嫌味に聞こえる。ここで頷けば謙虚さがないと怒られ、謙遜すればあざといと言われるだろう。
ならば返事をしないのが正解だと判断した私は、静かに彼女の次の言葉を待つ。
「モテるでしょ?モテるわよね。経験人数は?絶対多いわよね。今までどんなプレイが良かった?」
「………え?」
「私、そういう話を聞くのが大好きなの。イノッチと百合子ちゃんの話は聞き飽きてたから、岬さんが来てくれてうれし」
「ゴホッ、ゔゔん…古布鳥さん、まだ朝なので程々に。あと同性間でもセクハラは成り立つので注意してください」
突然息付く暇もなく喋り始めた古布鳥さんを、すかさず制してくれたのは小山さんだった。
呆気にとられている私に、古布鳥さんは「あら、ごめんなさいね」と笑顔で謝罪する。
──どうしよう、この部署本当に変な人しかいない。
逸生さんに置き去りにされてから、まだほんの数分。
それなのに、既に彼が恋しくなっている自分がいた。