転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
何だ、それ。お礼を言われるようなことしたっけ。
このタイミングで距離が近付くってどういうことだ。この女、一体なんなんだよ。
「…なぁ、」
こんな変な女に必死になる俺、絶対におかしい。でも、おかしいって分かってんのに、考えるより先に口が動いてしまう。
「やっぱ名前…」
顔が可愛いからとか、それだけじゃない。人を惹き付ける力をこの女は持ってる。
周りにとらわれない態度。冷めた目をしているくせに、人を助けようとする優しさがある。
その瞳に俺が映る度、胸が締め付けられる。だんだんと脈が速くなっていくのが分かる。
───このまま別れるのは、嫌だ。
「さーーーらーーー!」
やっぱ名前教えろよ。そう声にする前に、突如鼓膜を揺らした低い声。
びくっと肩を揺らし、弾かれたように振り返れば、長身でアロハシャツを着た目立つおっさんがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「さら、お待たせ…ってお前、服に葉っぱがたくさん付いてるぞ!」
「あ、ほんとだ。さっき木登りしたからかな」
「木登り!?ホントさらは天才だな!じゃなくて、ケガはないか!?可愛い顔に傷でもついたら…」
「大丈夫だよ。心配しすぎ」
なんだこのやかましい男は。こいつの親父か?それにしては温度差激しすぎんだろ。
「さ、用も済んだし、早く帰ろう。さっき高級なお肉をいただいてしまってな。今日の晩御飯はすき焼きだぞー…って、あれ、君は…」
ぺらぺらと喋り倒しながら、ふと俺に視線を向けたおっさん。
この俺を見下ろすその目は、やはりどこかこの女に似ている。
「君、もしかして…」
「うるせえくそじじい」
おっさんが何か言いかけた気がしたけど、遮るように悪態をついた俺は、逃げるようにその場を後にした。
あのおっさんさえ来なければ、もう少し仲良くなれたかもしれないのに。
まじでムカつく。