転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「…専務、あまりくっつかれると困ります」
二階堂社長と別れてすぐに小声で逸生さんに注意すれば、「ごめん」と零した彼の瞳が少し寂しげに揺れた。
「嫌だった?」
「嫌とかではなくて、今みたいに勘違いされると専務も困るでしょう」
「別に困らないけど」
「なんでそんなに楽観的なんですか。もし今の場面を婚約者候補の方に見られたりしたら…」
「───九条専務」
ふいに鼓膜を突いた声に、弾かれたように振り返る。
途端に鼻先を掠めた、バニラのような甘い匂い。
逸生さんとはまた違う、嗅ぎ慣れない香水に思わず眉を顰めた。
「本日はおめでとうございます」
会場は終始賑やかなのに、逸生さん目掛けて近付いてくるその人の声はハッキリと耳に届いた。
私達の目の前で足を止めたその人は「お久しぶりです」と口角を上げる。
「…目黒さん、ありがとうございます。お久しぶり…になるのかな」
「そうね、いつぶりかしら。何度かお誘いしてるのに、専務はいつもお忙しそうで」
「それに関してはなかなか予定が合わなくて申し訳ありません。次は是非」
この人、どこかで見たことがある。そうだ、確かこないだ小山さんから貰った資料に載っていた人だ。
目黒財閥のお嬢様。日焼けサロンにでも行っているのか、小麦色の肌をしている。
サラサラとした明るめの茶色い髪は腰まであって、少しつり目なのに加えメイクが濃いせいか、キツそうな印象を受ける。
その後ろには、ボディガードなのかガタイのいい男の人がひとり。身につけているアクセサリーは高級なものばかりで、お金持ちだということがひと目でわかる。
──そう、この人は逸生さんの婚約者候補のひとりだ。