転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「専務、今日のスケジュールですけど、特に何もないのでいつも通り動画鑑賞をしていただければ…」
「紗良、そんなことより今小山となに話してた?」
「え?」
スケジュールを確認しながら逸生さんに伝えれば、彼は私の言葉を適当に聞き流し「どんな話をしてたんだよ」と距離を詰めてくる。
眉間には微かに皺が寄っていて、明らかに機嫌が悪い。
「どんなって、別に大した話は…」
「俺にとっては大しているかもしれないから教えて」
「えっと…そうですね、例えば専務はおばけだなって話とか」
「ん?おばけ?」
「あとは私の昔話を…」
「や、やばい!どうしよう!イノッチ、私もうクビ切られるわ!」
今日のオフィスは、いつにも増して騒がしい。
今度は何事かと声のした方へ視線を向ければ、青ざめた顔で突っ立っている百合子さんが視界に入った。
彼女は小ぶりなダンボールを見つめたまま放心状態になっている。その横に慌てて駆け寄ったイノッチさんが「百合子?!どうした?!何があった?!」と彼女の背中に手を添えた。
「ど、どうしよう…明日からの展示会の、ノベルティのボールペン…発注の桁を間違えたみたいで…10分の1しか届いてない…」
今にも消え入りそうな声でぽつぽつと紡ぐ百合子さん。それを聞いていた小山さんは、隣で「まじか」と小さく零す。
「もっと早く確認しておけばよかった…普通に考えて、このサイズのダンボールで届くなんて有り得ないのに…」
申し訳ございません。頭を下げる百合子さんの目には涙が滲んでいる。
「…逸、どうする?別の物で用意出来そうなやつかき集めるか?」
「でも別の物って言っても、DMには載せちゃってるわ。毎年質のいいものを選んでいるから、これを楽しみにしている人も少なくないはず。だからと言って、発注先に今からあの数を用意してもらえたとしても、運ぶ時間を考えると…」
「まず在庫があったとしても、確実に社名は入れられないな。今回のリーダーはあの口煩くて有名なあの人だからなぁ…何言われるか…」
小山さんと古布鳥さんの会話を聞いて、百合子さんの表情がみるみる曇っていく。
その様子を先程からじっと見ている逸生さんは、いい考えが浮かばないのか口を開かない。
さっきまでわちゃわちゃと愉快な雰囲気だったオフィスは、一気に重い空になってしまった。