転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「では、どうしてこの会社で働こうと思ったんですか?」
「どうした紗良ちゃん、珍しく質問攻めじゃん。もしかして俺のこともっと知りたくなった?」
「あ、いえ。そんなに興味はないですけど、せっかくのデートなので何か話題をと思いまして」
逸生さんが茶化すように言うから、咄嗟に可愛げのない言葉を返せば、彼は「そこは興味持てよ」と声を上げて笑った。
我ながら苦し紛れの嘘をついてしまった。興味がなくてこの話題を選んだのなら、かなり失礼なことをしているのに。
思わず「すみません、やっぱ今の質問はなかったことにしてください」と力なく放てば、横目で此方を一瞥した逸生さんは「紗良」と穏やかな声で私を呼んだ。
「そんな気を遣わなくて大丈夫だよ。俺が親父や兄貴と仲が悪いのはこの辺では有名な話だから」
「……」
「ちなみに、この会社に入ったのも別に深い理由なんてない。ただ手っ取り早く役職手に入れたかっただけ。俺、ずる賢いから」
専務って響き、かっこいいし?そう言ってまた笑う逸生さんの横顔を、静かに見つめた。
その笑顔は本物なのかな。たまにこの人の考えていることが、分からなくなる時がある。
「…逸生さんらしいですね」
「引いた?」
「いえ、むしろ凄いと思います」
私の言葉が意外だったのか、逸生さんが驚いたような表情で私を見る。運転中だからすぐに視線は逸らされたけど「紗良が褒めてくれると思わなかった」と零した彼の声は、素のように感じた。
「実は、私の父の環境が、逸生さんに似ていて…」
「え…?」
「私の父も、両親と仲が悪かったんです。父には兄がいますが、その兄がとても優秀だったみたいで、常に兄と比べようとする両親を、昔はかなり嫌っていたと聞きました」
よく父から聞かされていた話を思い出しながら、ぽつぽつと紡ぐ。そうすれば、逸生さんは自分と重ねているのか「そうなんだ」と静かに相槌を打った。