転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします


「逸生さん」

「ん?」


ふと、彼の左手が肘掛けにあるのが目に入った。

その手の上にそっと自分の手を重ねれば、逸生さんは「えっ」と焦ったような声を零す。

その表情は明らかに動揺していて、勝手に触れない方がよかったかな?と一瞬後悔したけれど、そのまま彼の左手を優しく撫でた。


「今は仮にも恋人なので、お役に立てることがあれば何でも仰ってくださいね」

「……」

「父は母の存在にとても助けられたと言っていました。だからこの1年だけでも、出来る限り逸生さんを支えたいです。ストレスのはけ口に私を利用していただいても構いません」

「……紗良」

「あ、今度一緒に散歩しながらゲームアプリしてみますか?」


上目がちに彼を捉えれば、横目でちらっと私を捉えた逸生さんは、ふっと吹き出すように笑う。


「それは楽しそうだけど、紗良はゲームが下手そうなんだよな」

「…否定は出来ません。でもゲームは楽しんだもの勝ちだと父が言っていました」

「お前の親父さん、ほんと癖強そうだな」


でも良い人だから紗良も良い子に育ったんだろうな。そう続けた逸生さんは、未だ彼の手に重ねている私の手を、まるで愛しいものを見るような目で一瞥すると「紗良、ありがと」と小さく放った。


「でも今は紗良がそばにいるだけで楽しいよ」

「…恋人らしいこと、何も出来てないですよ?」

「うん、一緒にいるだけで癒されてる」

「私は逸生さんの息抜きになれてるってことですか?」

「うん、完璧」


そう言って迷うことなく頷くから、思わず「変わった人ですね」と返せば、逸生さんは「だからお前に言われたくねーよ」と悪戯っぽく笑った。
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