転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします

皆に聞こえないくらいの声で「なに俺ひとりで帰らせようとしてんの」と囁いた彼は、そのままスマホを私のバッグに戻す。


「でも言い出しっぺは私だし、まだ何も役に立てていないので、このまま皆さんと残って…」

「紗良、一緒に帰ろ」


これ、業務命令。卑怯な一言を添えて、珍しく真剣な目で見下ろしてくるから、思わず口を噤んでしまった。

何も言い返せない私を見て、勝ち誇ったようにゆるりと口角を上げる逸生さん。
少し離れたところにいる小山さんに向かって「後はよろしく」と放つと、私の手を引き歩き出した。

その強引さに、ちょっとだけドMの部分がぞくりと反応したけれど。やっぱり残された皆が心配で、顔だけ後ろに振り返り小山さん達の後ろ姿を見つめれば、逸生さんは「紗良」といつもよりワントーン低い声を放った。


「だったらこうしよう。とりあえず俺らは残業する皆の分の弁当を買いに行く。それを届けてからデートの続きをする」

「それはいい案ですけど…逸生さんはいいんですか?さっき、自宅に戻って休むと…」

「気が変わった。それよりも紗良と行きたいところがある」


紗良の人生初のデート、このまま終わらせるわけにはいかないから。

逸生さんはそう言っていつものように目を細めると、よくテイクアウトする焼肉弁当のお店に電話をするよう指示する。

早速言われたとおり電話をかけながら、チラッと逸生さんの顔を確認すれば、さっきより顔色が良くなっていることに気付きほっとした。

注文を終え再び車に乗り込んだ私達は、お弁当屋さんへと急いだ。

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