新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「おっ、Thank You! いただきます。美味そうじゃん」
「美味そうじゃなくて、美味いの。作った人の気持ちが、ほらっ。入ってるからな」
そう言って、明良さんが左胸を叩いて見せた。
「はい、はい」
何だか三人を見ていると、凄く楽しそう。きっとお互いの信頼関係が強いんだろうな。話して知ったこと。高橋さんと明良さん、仁さんは高校からの同級生で、クラブも一緒だったんだそうだ。大学も、高橋さんと仁さんは同じ学部。明良さんだけが医学部に進んだ。だけど、こうして社会人になってもこうして時間が合えば会っているそうで、それが羨ましかった。
「さて、お腹もいっぱいになったことだし、片付けも終わったし、夕飯まで何するかな? って、貴博。何、朝からビールなんか飲んでんだよ」
「もう昼だろ」
そんなことを明良さんが言い出した。
「陽子ちゃん。何がしたい?」
エッ……。
「わ、私ですか?」
「うん」
「私は……あの……」
本当は、酷く溜まっている洗濯物を片付けたかった。部屋の掃除もしたかったし……。
「陽子ちゃん。何か用事があったんじゃない?」
「それは……」
「仁。悪い。送っててくれるか」
「いいよ」
「いえ、その……。大丈夫です。電車で一人で帰れますから」
と言ったものの、駅が何処にあるかも知らないのだけれど。
「あのね、貴博の家は駅から徒歩25分は掛かっちゃうんだ。だから、ここは素直に仁に送っていってもらった方がいいよ、陽子ちゃん」
「でも……」
思わず、高橋さんの方を見た。
すると、高橋さんは一口缶ビールを飲むと立ち上がり、机の上に置いてあったキーケースを仁さんに黙って差し出した。
「仁に送ってもらえ」
高橋さん……。
今日、しかもついさっき初めて会ったばかりの仁さんに送ってもらえと高橋さんに言われたが、正直、人見知りの激しい私にはとても不安に感じられた。
「陽子ちゃん。行こ……」
「俺が行くわ」
明良さん?
明良さんは、仁さんに掌を見せて高橋さんのキーケースを受け取る仕草をした。
「よろしく」
「明良頼むな」
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