新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「ハン」
すると間髪入れずに、仁さんと高橋さんから言われて明良さんが何か感じたのか、ウィンクしながら私の方を見た。
「そういうことね。陽子ちゃん。それじゃ、行こうか」
「あの、本当に私、一人で帰れま……」
「いいから、いいから。忘れ物ないようにね。貴博の家のものは、俺達のものーってことにすぐなっちゃうから」
「あっ、はい」
椅子から立ち上がってソファーの脇に置いてあったバッグを持って振り返ると高橋さんが目の前に居た。
うわっ。
「痛っ……」
しかし、気づいた時は遅かった。
思いっきり鼻を高橋さんの胸にぶつけてしまい、弾き返された身体を高橋さんが私の腕を掴んで支えてくれていた。
「す、すみません」
不意にぶつかったので、痛さで鼻を押さえてしまった。
「フッ……。大丈夫か?」
「はい。すみません」
半分涙目になっているのが、自分でもわかる。でもグッと堪えて玄関の方へ向かうと、仁さんも見送りに出て来てくれた。
「それじゃ、また月曜日に」
「はい。ご馳走様でした」
「陽子ちゃん。また」
「はい。お邪魔しました」
玄関を出ると、きっと緊張していたから何も目に入っていなかったのだろう。さっき入ってきたピロティがこんなに広かったことに気づいて周りを見渡したし、もう一度玄関の表札を見た。
− T.TAKAHASHI − と掲げてあった。
私、高橋さんのお部屋に来ちゃったんだ。それも何か偶然というか、急にそんな話になって、気づいたら来てた……って感じだった。また来られるかな? また来てみたい。高橋さんの部屋。でも……。それも、本配属で会計じゃなかったら……。
「どうかした?」
エッ……。
「陽子ちゃん。何か、忘れ物でもした?」
「いえ、何でもないです。すみません」
「そう。じゃ、行こうか」
「はい」
明良さんとエレベーターに乗って一階で降りてエントランスを出ると、明良さんが高橋さんの車を出してきてくれるとのことで、そのままエントランスの前で待っていると、明良さんが何となく見覚えのある車に乗って駐車場から出て来た。
「お待たせ。乗って」
明良さんが降りてきて、助手席のドアを開けてくれた。
そう言えば、高橋さんも必ず助手席のドアを開けてくれるけれど、明良さんも同じ。何だかジェントルマンだな。二人とも。ということは、仁さんも……。
「しっかし、相変わらず何もない車内だな」
何もないって?
「陽子ちゃんもそう思うでしょ? 貴博の車はボディも車内もいつも綺麗なんだけど、余計なものが置いてないからか、素っ気ないと思わない?」
「そうですか?」
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