新そよ風に乗って 〜時の扉〜
本当にそうだ。こんなに社会人になるって大変なことだとは思ってなかった。学生時代で体育会系のような上下関係はある程度終わると思ってたら大きな間違いだった。社会人になってもそれは続いていて、ましてそれにお給料という金銭が学生時代と違って絡んでくるから、尚更プレッシャーになっている。
「まだお給料貰ってないから実感湧かないかもしれないけど、銀行に振り込まれたのを確認した時、凄く嬉しかったし、自分も社会人になったんだって何となく少し偉くなった気分になるよ。その時だけだけどね」
「そうなんですか。今から、私も楽しみなんです」
お給料日までまだ少し日にちがあったが、今から凄く楽しみだった。
「可能なら、このままずっと貴博の下で働けるといいね」
明良さん……。
「そ、そうですね。高橋さんは本当に仕事が出来るので、私は役に立たないかもしれませんけれど……」
高橋さんの仕事の進め方や仕事の速さからいって、私なんて高橋さんが十やるところを一も出来ていない。こんな私じゃ……。
「それは、陽子ちゃんが決めることじゃないでしょう?」
エッ……。
「たとえ、陽子ちゃんがそう思っていても、貴博はそう感じていないかもしれない。人の見方って、本当にその人にしかわからないから。感じ方も接し方も違うと思うよ?」
「明良さん」
「でしょう? 俺より仁の方がスケベだってこと、陽子ちゃんにはわからないでしょう?」
プッ!
明良さんらしい、何ともいえない例えだった。
「だから俺から見たら、陽子ちゃんは貴博のことが好きに見えるんだ」
「えっ? そ、そんなことないです。絶対そんなこと有り得ませんから。明良さん。からかわないで下さい。第一、高橋さんには彼女いますよ」
「えっ? 貴博がそう言ってたの?」
「いえ、そうじゃないですけど」
「今は居ないよ。貴博に彼女は居ない。俺が証人。チャンスだ、陽子ちゃん」
「明良さん!」
もう、明良さん。本当に、からかわないで欲しい。高橋さんのことを言われるたびに、ドキドキしてしまう。だから今だって、胸に手を当てて平静を保とうとしている。
「誰かを愛するために、人は一度だけ生まれてくる。誰かと別れるたびに、人は時を止めたまま、ひとひらの想い出を置いていく」
明良さん?
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